横井軍平さんの10回忌

  • October 10, 2007 08:00

ちょっと遅くなったが10月4日は横井軍平さんの10回忌だったそうだ。 早いものだ。

横井軍平さんは宮本茂さんと並び任天堂の開発陣の顔として活躍していた人だ。ファミコン以前のウルトラハンドや光線銃、テレビ番組で一時期話題になったラブテスターなどを手がけたことで有名である。その後、ゲームウォッチを皮切りにファミコン、ゲームボーイの開発に携わる。

横井さんは同志社大学出身だが、どうも成績が悪かったために任天堂のような小さな会社に入社したようだ。任天堂は今でこそ時価総額がベスト5位に入るような会社になっているが、当時は経営状態も悪く、与えられた仕事も設備機器の保守のような仕事だったらしい。宮本さんも成績はどうか分からないが親のコネで入社したような説明をよく見るのであまり優秀な学生でなかったかもしれない。 現在の任天堂だったら、ひょっとしたら二人は入社すらできなかったかもしれない。

ある時、東京への出張の新幹線の中で退屈しのぎに電卓のスイッチを押すサラリーマンを見た横井さんは「暇つぶしのできる小さなゲーム機」を思いつく。

ゲームウォッチの誕生だ。

ゲームウォッチ誕生の1980年から27年たったいま、通勤電車の中でNintendoDSやPSPなどの携帯ゲーム機、携帯電話のゲームを遊ぶ人を多く見かけるようになった。

ソニーのウォークマンと並び、通勤電車の原風景を常に少年のような笑顔で写真に写るこの男が作り上げた。

もちろん通勤電車のみならず、国内外を問わずいたるところで暇つぶしのゲームは遊ばれている。

昨年、国内のゲームソフト市場ではじめて携帯型ゲームソフトが据置型ゲームソフトの販売数を上回った。携帯電話のゲームも広く遊ばれているので、ゲームの大部分は、もはや横井さんのつくりあげた「暇つぶしのためのゲーム」と言えるだろう。

その原動力となったのは横井さんの「枯れた技術の水平思考」という思想で作られたNintendoDS。また、やはり同じ思想で作られた据置機のWiiも下馬評を覆してXbox360,PS3を押えて全世界、国内ともに現時点で販売数1位になった。

しかし、横井さんの10回忌は国内のどのメディアも言及してない。 寂しい限りだ。

天国の横井さんに心から冥福を祈ります。